「あれ!?棚村?何してるのよこんなところで」
岩本穐はその大きな両目を、さらに見開いて俺を見た。心底意外そうな顔を見せたあとに、面倒臭げに短く息を吐く。「こんなところ」とは、学校から6キロほど離れた温泉街の道端だった。ここには笑乃助の家があるのだが、俺の方から遊びに行く習慣が無い事は岩本も知っている。
「よお、こいつの散歩だよ」
視線を足元に移した。俺の右手から伸びたリードの先には、丸々とした大きな犬が伏せている。主人の足が止まったのを良いことに休憩に入ったのだろう。口の端からはだらしなくよだれがたれ落ちている。ブルドッグの口の構造上仕方の無い事だが。
「あんたの家、犬飼ってたんだ。それにしても随分と遠出したわね、隣町でしょ、ここ」
学校から6キロ、家からは7キロも離れたこの場所に、犬の散歩としては無理があるし、この質問は当然来るだろうと思っていたので、事前に用意していた理由を返事に付け足した。
「こいつ最近太ってきたからな、ダイエットだよ。お前は?」
靴先で、寝そべった犬のわき腹をつま先で突付きつつ、別に聞かなくとも知っているのだが、自然な流れとして尋ねておく。
「私は…部活よ」
少し躊躇いがちに言った岩本は、天体望遠鏡の入ったケースと、三脚やらが上から飛び出したナップザックを背負っている。天体観測は岩本の前からの趣味だが、彼女はそのことを積極的に人に話そうとはしない。学校での活発なイメージとギャップがあると思っているらしく、返事に躊躇があったのもそのためだろう。なにを趣味にしていても、自分が好きなら物怖じする事は無いだろう、といつも思うのだが、それを俺の口から岩本に言った事は無い。
「こんな時間からか?」
空を見上げると、まだ正午も回っていない、朝方というにも遠い午前11時半の太陽が、まばゆく光っている。快晴ではあるが、星は見えない。当たり前だ。
「場所探しよ、こっちの方は街灯少ないし、日が落ちる前にいい所無いか見に来たの。…ってかさ」
音を立てながら背中の荷物を背負いなおすと腕を組んでにらみつける。
「こんな時間からアンタも何やってんの。しかも休みの日に、こんな早起きして」
用意していた俺の登場理由では、まだ納得がいかないらしい。
「な、凄い偶然だよなあ」
全く偶然ではありはしないのに、そんな返事をしてみる。
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